一日で一番印象に残った物事のメモをとり、次の日に同じ場所を撮影する。
魅力的に思えたものは、次の日にはたいてい跡形も無い。
写真として残された風景には、印象的な被写体のあるべきところに虚ろな穴があいているように思える。
「物事へ向けた関心」から、物事だけを差し引いて、まなざしだけを取り出してみた、と言えるかもしれない。
写真とメモは私のホームページのカテゴリー”言語芸術論”に掲載しました。
http://www.idd.tamabi.ac.jp/l46051/
一日で一番印象に残った物事のメモをとり、次の日に同じ場所を撮影する。
魅力的に思えたものは、次の日にはたいてい跡形も無い。
写真として残された風景には、印象的な被写体のあるべきところに虚ろな穴があいているように思える。
「物事へ向けた関心」から、物事だけを差し引いて、まなざしだけを取り出してみた、と言えるかもしれない。
写真とメモは私のホームページのカテゴリー”言語芸術論”に掲載しました。
http://www.idd.tamabi.ac.jp/l46051/
毎日見るもの。夢だ。と、私は思った。しかし継続しなければならない。継続することはとても難しいことだ。自分の中でやりたいことというものが明確に定まっていない状態で日記を始めることとなった。実際やり始めてみると面白くて続けられた。
一日目。昔習っていた演劇の練習場だった。その夢にでてきた人々(以下登場人物とする)は、確かに自分の意志で動いていて、私にコミュニケーションをとってくれた。ここで夢のなかの登場人物の行動がどんな理由があってそんな行動をとるのか疑問が湧いてくるのだが、課題から離れるため深くは追究しないことにした。
二日目。蜂に刺される夢を見た。これは心当たりがある。昼間蜂を見たからだ。久しぶりに見たなとか思っていたらまさかこんな形でまた出会うことになるとは。
三日目。旧友が出てくる夢を見た。暗闇をバイクで駆け廻る夢。
四日目。ついに大学生活の夢を見た。みんなで学校の四階から飛ぶ夢。・・・あまり良い夢ではなかった。
五日目・・六日目・・・このようなペースで毎日書き続けていく。
このままではつまらないと感じた。自分の中で飽きがきたのかもしれない。如何せん、私は飽きっぽい性格である。なので、最終的に夢の種類をパーセント化してみようと思った。とりあえず喜怒哀楽。つまり喜んだ夢・腹の立った夢・哀しかった夢・楽しかった夢の四つ。それによく分からなかった夢という項目も付け加えてみる。この五つで実験。
十日目くらいからなんとなく今日の夢ってこんな感じかなっていうのが感覚で分かるようになってくる。今まで全然気にしてこなかった夢が日記という形で気にし始めると夢という概念が自分の中で変わり始める。気が付けば生活の一部分になっており、最後には夢と現実が区別できないところまでいっていた時期もあった。(末期?)これが継続し始めて一か月目くらいの頃である。
ブロッコリーを茹でるだけの夢。お寿司屋さんの玉子だけを食べ歩く夢。比較的多かったのが誰かに追われる夢。その夢を見る日というものは決まって何かに切羽詰っていた時期だった。
このことから夢というものはやはり人間の心理状態が深く関わってくるモノであると感じた。抑圧された願望を充足させる効果もある。夢というものは基本的にレム睡眠時に見ている。私たちは夢を脳が活発に活動しているときに見ているのだ。このことが夢が心理状態の影響を受けるということを裏付けている。
まとめ
喜んだ夢・・・23.8% 腹の立った夢・・・8.1% 哀しかった夢・・・27.4% 楽しかった夢・・・30.2% よく分からなかった夢・・・10.5%
腹の立った夢が低かったのはいろんな意味で安心した。本来休息をとるために睡眠をとるのだ。腹をたててそれがストレスになってしまうと堪ったものではない。喜んだ夢と楽しかった夢の分類が少し曖昧な部分もあるのだが、割合的に妥当だろう。このような形で約一か月半行ってきたわけだが、思いのほか個人的に興味深い結果そして次なる疑問が湧いてきた。継続することで普段見えなかった部分が見え始める。継続することは非常に根気のいることだが、何か新しいものが得られるのならば十分に実験してみる価値がある。
継続的であると同時に日々の生活に直結しているもの。私にとって、それが”ツイッター”でした。ツイッターとは、140文字以内の短い投稿(ツイート)を入力して、みんなで共有する無料サービスです。
1つ1つのツイートはなんてことない”つぶやき”だけれど、持っている複数のアカウントでの”つぶやき”を1日単位で、まとめてみるといつのまにか日記になってることに気付きました。
就寝前に振り返って文章としてまとめる日記とは違い、その時その場でのリアルな感想が追体験できます。
また、多数の目に触れることを前提としてると同時に、ツイートに対しての他者からのコメントなど、相手との交流も追体験できる新しい日記の形です。
これを「いつのまにか日記」と名付けて、ネット上に設けた専用ページに1日が終わるごとに更新しています。
ただ、Echofonを使っているので、つぶやいた正確な時間が記されるのが24時間毎後だから、1日とばしのupになるのが難点です。
時を生け捕れと言われ、すぐに思った事は、何かしら自分の役に立ち、いつでもどこでも出来るようなものにすることだった。折角大学に入学したので何か授業に役立つもので、かつ授業中に気軽に出来るもの。
先生の授業中の発言に注目したところ、私が受講している各授業の先生が何か本の題名を発したときに、その時の時間(何時何分まで)、本の題名、著者の名前をノートの端に記載し始めた。これが全ての始まりである。
平出先生の授業に頻繁に出てくる河原温氏のコンセプチュアルアートをヒントに、ノートの端に記載したものを、何か別の専用のノートに、専用のペンで丁寧に写し書く事を決めた。今考えている書き方の例はこうだ
鼻
芥川龍之介
JUN 22nd 2011 10:55
鼻
芥川龍之介
JUN 22 2011 10:55
鼻
芥川龍之介
JUN 22 2011 10:55
平出隆
上記の例は一例であり、その他のヴァリエーションも考察中である。
悩んでいる点は、発言者の名前を記載するか否か、日付の表記をどうするか、ペンのインクの色は使い分けるべきか、などである
講義をよく聴きながら、
継続的方法によって、身のまわりに流れている時間を生け捕りしてください。
(ここから上が2011年度の課題分になります。ここから下は2010年度分です。)
ありきたりな方法かもしれないが、時間を生け捕りにするというので思いついたのは
タイムカードだ。
私が働いた時間が始まりと終わりを打刻することでうきぼりになる。
これは今月、私が働いた時間たちだ。

時間という枠なしには私たちは生きてはいけない。
私は時間を生け捕りにしているようで実は日々時間に生け捕られているのかもしれない。
私は余力のあるとき、眠る前に日記を書く。その日にあったことを書くのではなく、頭の中を探り、掘り返し、整理する過程の記録である。日記帳に向かいながら、ペンを置いている時間――頭の中をぐるぐると歩きまわっている思考の時間を、生け捕りにした。鈍い金色の糸で、もくもくと点線を描く。一度ペンをとり、記録した場所には星のような刺繍をして印とした。星と星の間が、思考の時間。針と糸で星座のようにつないでゆく。1日以上間が空くときには、文章のように改行する。
泣きながら、あるいは怒り狂いながら・・・どんな気持ちで思考していても、流れる時間はおなじであるように、針の運びも極力一定にした。しかし、心の揺れはいくらかばらつきとして現れているように見える。
こうして思考の時間を縫いとめている布は、その思考を記録する日記をくるむものとした。日記を開くときにはいつもこの布を片手に、一定の決まりを定めて刺繍を重ね、厚くしてゆこうと思う。思考の時間を針と糸で、思考の経過を紙とペンで、それぞれ記録するひと揃えとなった。



5/27~6/22の57日間、登校に使ったバスの時間によって「赤系統」「青系統」「黄系統」「緑系統」など複数の系統に分けた色の群の中から一つ選び、ほぼ均一な直線を一日一本引いて行った。
完成してみるとあっさりしたものだ。
1日目. 「若草色 -わかくさいろ-」 #c3d825
人間はどんなに楽しい思い出でも実はそのときに起こった嫌なことほど覚えている。2010年5月ごろからのチケット類を集めて、さらにそこにあえて嫌だった記憶を添えることで、記憶の引き出しから零れだす時間を生け捕りにする。また、チケット自体に正確に日時が記されてある物のみを使用し、短い断片的な時間を生け捕る。

単純に、3D料金の高さに驚きと怒りが同時にわいた。この日の所持金は確か3000円だった。

この日は水曜日なので、どの映画館もレディースデーだった。しかしこの作品は女性を中心に人気を集めているうえ、公開してから初めてのレディースデーだった。池袋の映画館はあまりに混んでいて満席だった。仕方なくその足で板橋サティまで出向いた。途方もなく遠く感じた。

ボーイフレンドと鎌倉に出かけたときの切符。帰りのグリーン車で突然の腹痛に襲われたが、ボーイフレンドは安らかな眠りの中だった。嫉妬というのはまさにこれである。

新しく買った靴を履いていったら、スターバックスでコーヒーを靴にこぼした。映画を観た後もシミは残っていた。

この日は新しいアルバイトの面接で、アロマテラピー関係商品の販売という職種にも関わらず、まさかの筆記試験があった。なんと私は現総理のフルネームが分からず。答案用紙に小さな文字で「管」と書いた。自分を責めに責めた。面接の結果を想像し、絶望した。

ボーイフレンドが、デートの時間に2時間も遅れてきた。私はひたすら喫茶店で美味くもないコーヒーをすすり続けた。
私が私の為に費やした時間
5月26日 14:00〜
舞台キャバレーオンザシー
6月11日 21:25から
映画ブラックスワン
7月18日 15:00〜
大英博物館古代ギリシャ展
7月18日
AYUUR アロマオイルのエステ
7月18日 23:00
TSUTAYA レンタルビデオ
借りぐらしのアリエッティ
7月23日 15:00
東京国立博物館
空海と密教美術展
7月24日 1:00〜
居酒屋 友人と食事
7月27日 1:00〜
居酒屋ハッピー工場
友人と食事
その他の月曜日〜土曜日は
19:00〜12:00 アルバイト
短期間ですが、私が私の為に費やした
時間の中で1番アルバイトをしている
時間が多いことが分かりました。
この課題をするまでは、時間を
意識しないで過ごしてきました。
意識してみると、いろんな事が
見えていきました。
もう少し感性を養うようなことに
時間を作ろうと思いました。
そして、もっとも少ない時間が
睡眠時間でした。
私の見る夢はあまりにも
現実味があり過ぎて
夢か現実かどうかが
分からなくなって
しまいます。
良い夢を見れるように
日々を一生懸命に過ごして
良い時間を意識していきたい
と思います。