2010/01/21
《オブジェの方へ》展(うらわ美術館)
2009/12/13
《若冲ワンダーランド》MIHO MUSEUM
宇治・浮舟園及び橋寺(伊良子清白足跡調査)
2009/11/21
河野道代詩集『花・蒸気・隔たり』(panta rhei)
http://www.rhei.jp
2009/08/05
北鎌倉浄智寺における澁澤龍彦二十三回忌に出席する。
2009/06/21
四谷・CCAAアートプラザ(ランプ坂ギャラリー)で《アール・イマキュレ 希望の原理》を観たあと、東京都現代美術館で《池田亮司 +/−[infinite between 0 and 1]》展を観る。
2009/06/10
日本橋高島屋の《日本の美と出会う》展で、若冲などを観る。
2009/06/05
多摩美術大学八王子校舎絵画北棟で、加納光於+平出隆『雷滴 その研究』、若林奮+河野道代『花、静止しつつある夢の組織』の詩画集などについて、加納光於との合同授業《詩と版》を行なう。
2009/03/06
鳥羽への出張途上、新国誠一展を国立国際美術館で観る。
2009/02/19
中保佐和子訳のバイリンガル版詩集、平出隆『胡桃の戦意のために』(ニュー・ディレクション社 2008年)が、アメリカで最優秀海外図書大賞(2009 Best Translated Book Award) に選ばれる。
http://www.rochester.edu/College/translation/threepercent/index.php?s=btb
http://www.rochester.edu/College/translation/threepercent/
http://www.mhpbooks.com/
http://www.iht.com/articles/ap/2009/02/20/arts/Books-Translation-Awards.php
2009/01/24
「芸術新潮」2月号にヴェネツィアのホテル・ガブリエッリ・ザントヴィルトを写した写真3点を、エッセイととも発表する。
2008/12/15
四谷ひろばで、第3回《野外をゆく詩学》研究会を開催する。
2008/11/19
八王子学園都市大学で講座「現代芸術の現在」のうちの「詩の現在」1回目において、海老塚耕一と対談する。
2008/11/18
「文學界」のために青山真治と平野啓一郎との鼎談を文藝春秋で行なう。
2008/11/08-11/11
8日、北九州市小倉北区・松本清張記念館大集会室での講演のために帰郷、はじめて北九州空港に降り立つ。
9日、講演「ポエジーの家ーーその保存とネットワーク化の意義」を、詩誌「沙漠」主催、北九州市立文学館後援で行なう。夕、一椿で、地元の詩人、知人、同窓生との懇親会に出席する。夜は桃歳での小同窓会に出席する。
11日、帰京する。
2008/10/21
講義「社会実践論」 国立市・一橋大学
「無償性について」と題して、一年生向けの講義を行なう。
14:40-16:10
2008/10/20
四谷ひろばで第1回《野外をゆく詩学》研究会を開催する。
小発表《ダニ・カラヴァンにおける記念碑の意味について》を行なう。
2008/10/11
ダニ・カラヴァン展講演会 世田谷美術館講堂
平出隆 講演「丘・パサージュ・階段ーー《ベンヤミンへのオマージュ》をめぐって」
14:00ー15:30
2008/10/04
春川市翰林大学国際会議場でのフォーラム《物語で出会うアジアの作家たち》のうち、「家族と隣」のセッションに討論者として出席する。報告者:金源一、島田雅彦、孫惠芬 討論者:呉貞姫、平出隆、季紅眞 司会者:金宣佑
2008/10/02
中国の作家莫言とともにソウル市・壇国大学で講演する。
「《領域》の彼方へ」 壇国大学大学院開校50周年記念講演
2008/10/01
《東アジア文学フォーラム》の漢江での船上朗読会で「胡桃の戦意のために」を朗読し、「無法松の一生+度胸千両」を歌う。雷抒雁と親しくなる。
2008/09/30
プレスセンターの文学フォーラムに出席、「東アジア文学と世界文学」のセッションで発表を行なう。
平出隆《「領域」の彼方へーー数学と散文による詩的探究》
夜、「文学の家」での宴で、韓国の詩人たちと話す。平野啓一郎とは壇上で初対面の挨拶を交わす。
2008/09/29
東アジア文学フォーラムに参加。三清閣での晩餐会に出席。金光圭と語る。ソウルのコリアナ・ホテル1402号室に泊す。
2008/08/31
世田谷美術館での《ダニ・カラヴァン》展オープニングに出席し、酒井忠康館長からダニ・カラヴァンに紹介される。
2008/07/13
調布での工藤幸雄の通夜に出席する。
2008/07/05
新宿のバー風花での古井由吉をホストとする朗読会で自作朗読をする。朗読テキストは、『旅籠屋』から「微熱の廊」、『胡桃の戦意のために』から「92」「111」、『若い整骨師の肖像』から「はじめの光景」、『家の緑閃光』から「緑光異文 九、」「なんとか引越した鳥たち、」「プレートと閾、」「な名づけそ、」「恋愛詩集凡例、」「散文的見世物、」、『左手日記例言』から「老作家」、『葉書でドナルド・エヴァンズに』から1988年10月19日の8信。
2008/06/24
少年時に所属した詩誌「沙漠」の展示を見るために小倉の北九州市立文学館に母親とともに行く。今川英子副館長と語る。門司の実家に泊す。
2008/06/23
鳥羽市の職員とともに、伊良子清白の家があった鳥羽小浜を調査のあと、大台町の伊良子清白の旧宅を調査する。帰途、打見の墓地に参る。門司へ向う途次、広島に泊す。
2008/06/22
大室佑介、宮田浩介とともに伊勢内宮を参観。朴文順、大久秀憲も合流して鳥羽国際ホテルに泊す。
2008/06/07
FMNの調査として、研究員の朴文順、宮田浩介、大室佑介とともに小田原に行き、物置小屋跡、だるま食堂、小田原文学館など、川﨑長太郎ゆかりの場所を歩く。かもめ図書館で川﨑千代子夫人と合流、田毎で食事。
2008/05/24
芸術人類学研究所主催のシンポジウム《折口信夫 戦争と平和》に参加し、「折口の詩論、言語論について」話をする。
2008/05/20
渋谷区立松濤美術館で中西夏之新作展《絵画の鎖・光の森》、ギャラリーTOMで《旅の仲間 澁澤龍彦と堀内誠一による航空書簡より》展を観る。
2008/05/19
写真家の望月孝が来宅して、庭や室内でポートレート撮影をする。
2008/05/10
出口裕弘の代役として、神奈川近代文学館での澁澤龍彦展における講演を「夢のかたち」と題して行なう。澁澤龍子と歓談後、学生たちと中華街で食事をする。
2008/05/05
四月三十日の伊良子正の訃報に接する。
2008/04/29
短歌結社「弦」のために山ノ上ホテルで岡井隆と対談のあと、辺見じゅんとともに千駄ヶ谷「五万石」で食事。
2008/04/22
鳥羽市立図書館での「第2回 旧伊良子清白邸管理・活用計画策定委員会」に出席する。小浜を再訪。鳥羽国際ホテルに宿る。
2008/04/15
東京都写真美術館で《知られざる鬼才 マリオ・ジャコメッリ》展、《シュルレアリスムと写真 痙攣する美》展、《紫禁城写真展》を観る。
2008/04/05
旧・四谷第四小学校内ギャラリー・ランプにおける中嶋夏の舞踏公演《場所と思い出ーートンボの夢》の二部構成のあいだで朗読する。テキストは『攻撃の切尖』から「攻撃の切尖」、『若い整骨師の肖像』から「(胸と肩 あるいは必死の渦」「(死にゆく下等生命の素描」「(若い姫蜂がつぶやく」「(若い整骨師の肖像」。
2008/04/01
皇居外苑の和田倉噴水公園レストランでの《川村二郎さんを偲ぶ会》に出席。長谷川郁夫、西部英、小泉今日子、菅野昭正、田中純、川上弘美と語る。
2008/03/28
豊田市美術館で《若林奮 100の羨望》展を観る。
2008/03/27
ミホ・ミュージアムで蕪村展を観る。
2008/03/26
鳥羽市民文化会館中央公民館での「第1回 伊良子清白邸管理・活用計画策定委員会」に出席し、移築に際しての家の向き、展示方針について意見を述べる。
2008/03/22
岡佐和香の舞踏《月の下、泥花の咲く頃》を四谷コア石響で観る。
1952/03/20*
門司市大里の観峽寮から新原町国鉄宿舎へ転居。
2008/02/20
読売文学賞授賞式に選考委員として出席する。
2008/02/14
横浜・妙蓮寺での川村二郎の通夜に列席する。
2008/02/11
新国立美術館で《横山大観展》を観る。
2008/01/18
築地・新喜楽での読売文学賞最終選考会に出席する。
2008/01/08
板橋区立美術館でブルーノ・ムナーリ展を観る。
2007/12/16
国立新美術館で 《フェルメール 「牛乳を注ぐ女」 とオランダ風俗画展》を観る。
2007/12/08-09
中沢新一、鶴岡真弓教授、安藤礼二准教授及び助手たちとともに、芸術学科の学生およそ20人を引率して山中湖純林苑に合宿する。
2007/11/23
小倉ステーションホテル「祇園」での福岡教育大学附属小倉中学校18期生の同期会に出席する。落合俊と翌朝4時近くまで飲む。
2007/11/22
福岡へ下り、積善社福岡斎場での稲尾和久告別式に参列する。門司へ帰り、退院した母、世話をしに来た姉と過す。
2007/11/06
京都国立博物館で狩野永徳展を観る。 神戸に行き、ホテルニューオータニ神戸ハーバーランドに一泊する。
2007/10/31
横田茂ギャラリーで岡崎和郎展を観る。
2007/10/26
加納光於より《via wwalnuts》誌のための紋章的図像を贈られる。
2007/10/22
国立新美術館で《安斎重男の“私・写・録”1970-2006》を観る。
2007/10/05
TH-WRAPを考案、刊行物をみずから梱包・発送して読者に届ける方式を、書紀書林の頒布方法と結び合わせる。http://www.wwalnuts.jp/shs/
2007/09/27
『遊歩のグラフィスム』(岩波書店)を刊行する中で、かねてからの「素直な階段」の理論を整備しなおし、《遊歩の階段》の設計公式として発表する。
2007/09/10
加納光於との詩画集《雷滴 その研究》を刊行。書紀書林からの、33年目にしてはじめての書物となる。同時に、書紀書林の活動を再開することになる。http://www.wwalnuts.jp/shs/
この日、ギャルリー東京ユマニテでのオープニングに出席。二次会では澁澤龍子、谷川渥、馬場駿吉と語る。
1981/08/04
12時半、小田原中里に川崎長太郎夫妻を訪れ、連れ立って箱根湯本の清光園へ。15時、吉行淳之介を迎えて、「文藝」誌のための対談に立ち会う。
2004/06/21
「群像」のために『野川』をめぐって古井由吉と対談。「小説の深淵に流れるもの」と題され、8月号に掲載される。
2007/07/06
神楽坂の日本出版クラブ会館とジョルジュ・サンドでの《出口裕弘さんの「伊藤整文学賞」受賞を祝う会》に出席。
2007/07/05
東京オペラシティ・コンサートホールで、エッティンガー指揮、東京フィルハーモニー交響楽団演奏の《モーツァルト 大ミサ曲(ハ短調 K427)》、《ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番 ニ短調 Op.30》(ピアノ中野翔太)、《武満徹 星・島(スター・アイル)~オーケストラのための》を聴く。
2007/06/30
出光美術館で《肉筆浮世絵のすべて》展を観る。
1990/03/27
16時からホテル・ニューオータニで、「週刊ベースボール」のために長嶋茂雄と対談する。
2007/06/21
横田茂ギャラリーで若林奮展を観る。
2006/12/16
八王子・京王プラザでの 「李禹煥先生を囲む会」 に出席。
2005/05/11
「芸術新潮」 取材班とともにデュッセルドルフのホテルを朝八時に出て、ケルンのゲルハルト・リヒターのアトリエ兼住居を九時半に訪問。長時間インタヴューと撮影のあと、昼餐に与る。このときの訪問記は 《インタヴュー ゲルハルト・リヒター 「物はいつだって正確には見えていない」》(「芸術新潮」 8月号)にまとまる。夜、ハンブルク到着。
2007/05/27
東京藝術大学美術館で 《パリへ――洋画家たち百年の夢》展を観る。
2007/05/22
中野嘉之展(銀座・東邦アート)、金井久美子展(銀座・村越画廊)、小林孝亘展(日本橋・西村画廊)を観る。
2007/05/20
《澁澤龍彦の驚異の部屋》展(松涛・ギャラリーTOM)と《タイ・シルパコーン大学 多摩美術大学 交流展》(多摩センター・多摩美術大学美術館)に行く。
2007/05/04
国立新美術館で 《異邦人たちのパリ 1900-2005 ポンピドー・センター所蔵作品展》 を観る。
2007/04/20
19時から浜離宮朝日ホールで、アンナ・マリコヴァのピアノ・リサイタルを聴く。
2007/03/09
15時50分、平出隆公式サイト《TAKASHI HIRAIDE laboratrium》を公開。
2007/03/07
平出隆公式サイト《TAKASHI HIRAIDE laboratrium》をテスト公開。
2006/12/19
オーストリア大使館・文化フォーラムでの催し《NACH JAPAN》において、『左手日記例言』より「老作家」を朗読。ドイツ語翻訳は高橋文子、ドイツ語朗読はペーター・ジャコムッツィ。同時参加は古井由吉、ハインツ・D・ハイズル、マグダレーナ・カウツ、ヴァルター・フォーグル。
2006/10/11
アルカディア市ヶ谷伊吹の間での「清岡卓行さんを偲ぶ会」に出席。吉本隆明と初めて語る。
2006/08/05
午後三時より、赤坂のARK HILLS CLUBで「豊田泰光さんの野球殿堂入りを祝う会」に出席。稲尾和久、丸谷才一、井上ひさし、野村萬蔵らと語る。
2006/04/01
多摩美術大学で芸術学科科長、芸術人類学研究所所員 となる。
2005/09/25-26
レナーテ・ジャコムッツィに車で送られて、25日夕、インスブルック空港を発ち、フランクフルトを経由し、JL408便で成田へ。26日夕、帰宅。
2005/06/16
新宿文化センターでピナ・バウシュとヴッパタール舞踊団による《ネフェス》を観る。
2004/12/18
沼津東急ホテルでの「玉城徹さんをまじえて語る会」に出席、玉城徹、針生一郎ほかと語る。14時から夜に及ぶ。
2004/12/07
国立西洋美術館で 《マティス展》 を観る。
2004/11/24
母和子、妻道代、母の友人武田幸子と連れ立って、門司から琴平に行き、《金刀比羅宮のすべて》 展を観る。125年ぶりに公開された奥書院の若冲 「花丸図」や、高橋由一館などを観る。別れて高松から飛行機で帰京。
2004/10/17
河野道代とともに、世田谷パブリックシアターで加納光於と待ち合せ、H・アール・カオス 《白夜》 を観る。公演後の白河直子、大島早紀子に紹介される。加納光於と三人、CANDLEで食事。
2004/10/16
東京會舘での 《工藤幸雄 『不良少年』 刊行を祝う会》 に出席。
2004/10/12
奈良旅行からの帰途、火曜会へ行くが、下北沢の極まりの店月花酔が閉店となっていて、以降、店を変えてつづける。
2004/10/01
東京国立近代美術館で 《RINPA展》 を観る。
2004/08/26
午後3時から鎌倉比企谷・妙本寺と鎌倉駅裏・アスターでの 「田村隆一さんを偲ぶ会」 (七回忌) に出席。
2004/08/06
門司港を散策。
2004/07/26
サントリーホールでゲルギエフのストラヴィンスキーを聴く。偶然、画家の日高理恵子と隣り合せる。
2004/07/01
妻とその旧友山下祐子(旧姓)とともに大徳寺、仁和寺、龍安寺、金閣寺などを散策。食事後、帰京。
2004/06/26
袋井市満願寺で祖母雅の十七回忌法要のあと、鳥取へ移動し、ホテルα-1鳥取の910号室に一泊する。
2004/05/29
伊豆高原の画廊で、自身が詩を寄せた加納光於 《セルペンティナータ》 展を観る。画廊主に誘われ、谷川晃一のアトリエを訪問。
2004/05/01
山中湖の大学施設へ合宿に行く途中、学生や同僚教員とともにポーラ美術館を訪れる。純林苑に泊す。
2004/03/31-04/01
QUALITY HOTEL OPERA ST LAZARE 211
2004/03/31
ルーヴル美術館
2004/03/30
CAEN
2004/03/29
RENNES
2004/03/27
PARIS
2004/02/14
江戸東京博物館で 《丸山応挙展》 を観る。
2003/10/25
池袋雑司が谷での唐組の公演に、学生たちを連れて行く。
2003/04/10
対馬・比田勝のつしまレストランホテルプラザに一泊する。6090円
2003/04/08-10
鰐浦の民宿幸 (一泊二食5500円) に二泊して、扇家はじめ鰐浦の人々に祖父種作のことを尋ねる。ヒトツバタゴの苗木6本を購入。
2003/04/07-08
中津を散策。 夜行の船で博多から比田勝へ渡る。早朝、扇意智子に迎えられ、鰐浦へ行く。
2002/07/30
日本近代文学館主催の第39回夏の文学教室で、《朔太郎ーー住まいと遊歩》と題して講演。終って、
前の時間帯で《金沢ーー鏡花・秋声》について講演した古井由吉と、レバンテでビールを飲む。
2001/12/04
「飯田貴司さんを送る会」に出席。
1999/08/26
「田村隆一さん一周忌の会」に出席。
1999/08/05
「澁澤龍彦さんを偲ぶ会」に、河野道代と共に出席。
1999/06/19
小倉高校の同窓会で、都ホテル 766号室に一泊する。
1999/05/06
ベルリンの森鷗外記念館で、「鷗外とポエジー」と題して講演を行なう。
1999/03/21
ルイジアナ美術館を訪れる。
1999/03/19
コペンハーゲンのTOP Hotel Hebron 209号室に一泊する。ツインルーム720DKK。
1999/03/14
ドルトムントのCity Hotel 310号室に一泊する。ツインルーム190DM。
1998/08/23
ウンター・デン・リンデンのシュタート・オパーで、「ネーデルランド・ダンス・シアター2」 (ベルリン国際舞踏祭) を観る。
1998/08/11
コミッシュ・オパー・ベルリンでネーデルランド・ダンス・シアターの公演(振付=イリ・キリアン)を観る。
1998/05/18
ベルリン文学コロキウムのヴィンター・ガルテンの間で、ヴァルター・ヘレラー、その妻で写真家のレナーテ・フォン・マンゴルト、息子のフロリアン・ヘレラーと会見する。
1998/05/16
1年の滞在のために、コペンハーゲン経由でベルリンに渡る。この日からヴァンゼーのベルリン文学コロキウムに短期滞在をはじめ、アパート探しなど、家族を迎えて住む準備をはじめる。
1998/05/12
クーパースタウン・ファウルズとその周辺の仲間から、神田・如水会館オリオンの間で、ドイツ行の歓送会をもたれる。監督を托された豊田泰光も出席。
1998/05/08
下高井戸・海晴亭で、多摩美術大学芸術学科の学生からドイツ行きの歓送会をもたれる。留守中の授業を托された守中高明も参加。
1997/11/19
葉山
1997/11/06
奥の細道を辿って塩釜へ行く。
1997/11/05
登米
1997/11/03-05
学生たちとの研修旅行で、奥の細道を辿って福島、仙台を行く。
1996/04/21
富津における稲葉成之の葬儀に参列する。
1996/04/18
フジテレビギャラリーでゲルハルト・リヒター展を観て、深い衝撃を受ける。
1996/04/15
河原温より長い電話を受ける。野球チームの学生選手稲葉成之の自死を知る。
1996/04/03
小倉・八仙閣での小倉高校の小同窓会に出席か。
1996/04/02
朝、同宿した山下菊二夫人から逸話を聴く。毎日新聞ために金沢棋士兼記者と碁を打ってから、門司へ帰郷。5日まで滞在。
1996/04/01
京都・徳正寺の教え子・井上迅の結婚披露宴で本堂に参席し、新郎の部屋に宿泊。
1996/03/24
世田谷美術館でリチャード・ロング展を観る。
1996/03/21
東京都現代美術館でマーク・ロスコ展を観る。
1996/03/21
東京都現代美術館でマーク・ロスコ展を観る。
1990/03/10
自転車で自由ヶ丘・画廊山田の加納光於展オープニングに行く。この夜以降、チビの不来に苦しむ。
1986/09/18
声帯を切除され、癌を宣告されたばかりの澁澤龍彦を、慈恵会医科大学病院に見舞う。このときの会話は、筆談した紙を譲り受けることで概略をとどめている。
1983/12/20
『澁澤龍彦コレクション』の造本打合せで、菊地信義とともに、北鎌倉の澁澤龍彦を訪問。深夜に及ぶ。
1981/11/20
田村隆一を鎌倉・佐藤病院四階の病室に訪問、つづき午後八時頃、北鎌倉に澁澤龍彦を訪問して、それぞれ原稿を受け取る。
1981/11/14
午後一時、三鷹の小沼丹を訪問、二子の置き碁を四局打ち、勝ち、負け、勝ち、勝ちの三勝一敗。夕方から夜半まで馳走に与る。
1981/10/10
18時から、駿河台の日販新本社ビル・アスターにおける出版如水会に出席。
1981/06/03
16時から新宿中村屋4階で、清岡卓行、清水哲男とともに、「週刊読書人」1981年6月29日号のための鼎談「日本人にとって野球とは何か」に出席する。司会・編集は小笠原賢二。
1981/03/25
午後二時、小田原中里に川崎長太郎を訪問する。
1981/01/23
午後三時、豊崎光一と会い、つづいて午後五時、清岡卓行と会い、それぞれ 「風の便り」 と 「凧揚げ」 の原稿を受け取る。
1981/01/21
南青山に奈良原一高を訪ね、「文藝」 の表紙の写真を受け取る。
1981/01/05
帰省していた門司を発ち、佐賀関を経て豊予海峡速吸瀬戸を渡り、夕闇の佐田岬を探訪、三崎の杉山旅館に宿る。
1979/12/04
15時30分、北鎌倉の澁澤龍彦を訪ね、夫妻から、挿絵の島谷晃とともに葉山のラマーレchayaで御馳走に与る。「唐草物語」連載完結を祝うものだった。
1970/04/01
一橋大学社会学部に入学。同時に、美學校細密画工房(立石鐵臣)に入学した。
1969/04/01*
明陵予備校に入校。
1966/04/01
福岡県立小倉高等学校に入学。ひきつづき、門司から小倉に通う。
1964/02/13
祖父平出種作が東京で逝去。父のもとに来た、書物や絵画や原稿や標本などの遺品に、永い時間をかけて影響を受けはじめる。
1963/04/01
福岡学芸大学 (1966年度より福岡教育大学) 附属小倉中学校に入学。門司から小倉の繁華街を経由して北方町へ通う。
1963/03/20*
門司市立(同年4月より北九州市立)大里柳小学校卒業。
1961/04/01
門司市立大里柳小学校五年へ転入学。
1959/12/01***
門司市高田町 柳公団住宅532号室へ
1957/04/01
門司市立萩ヶ丘小学校
1956/04/01**
門司市 日の丸幼稚園
1955/11/01***
門司市永黒市営アパート24棟406号へ
1954/11/01***
八幡市黒崎熊手町4丁目へ
1950/11/21
福岡県門司市御所町(現・北九州市門司区大里戸ノ上)