遊歩のグラフィスム
via wwalnuts社☞
平出隆archives☞
《ライブラリで平出隆の「遊歩のグラフィスム)」(岩波書店)を発見して読み出したらとまらなくなった。目下、4冊の本を同時に進行させているので、時間はいくらあっても足りない。
それで拾い読みに変更したが、ベンヤミンやら、子規やら、河原温やら、荷風やら、渋澤やら碧梧桐やら、面白いことが沢山書いてある。》遊歩のグラフィスム chotoku.cocolog
《要約することが難しいエッセイだ。地図の話でもあり、都市空間の話でもあり、「詩的」なものを問い直す美学的なお話でもあり、身体を伴った歩行や交通の話でもあり、もちろん登場する表現者たちの作家の相貌を鮮やかに切り取る作家論、でもあり、詩人でもある初老の筆者が、自分自身の生きたこと、生きていることを問い直す、そんな哲学エッセイでもある。むしろ要約するなんて勿体ない。じっくりと一つ一つの話を味わいたい、そんな種類の本である。》遊歩のグラフィスム blog.foxydog
《ベンヤミンをきちんと読み始めたのは去年のことからだ。
平出隆の『遊歩のグラフィスム』という絶品エッセイの冒頭近くに触れられていたベンヤミンについての箇所を読んで、比喩でなくベンヤミンを読む、というスタンスが気になった(気に入った)からだ。
『遊歩の〜』についてはすでに一度ここで触れているので繰り返さないが、読書はそんな風にして広がっていくのだとつくづく思う。読めば読むほど広がっていくダンジョンのようなものだ。》遊歩のグラフィスム blog.foxydog
遊歩のグラフィスム booklog.kinokuniya
遊歩のグラフィスム daiouika
遊歩のグラフィスム sanstete
《断章から断章へと追っていくうちに、足元には、いつしか透明な星座が浮き上がっている。俳句、日記、絵、覚書など、彼らに共通の記録へのかたむきは、表現形式としては様々だが、その混沌こそ、極小の点のなかに沸騰する「表現の古代」の様相だという著者の見方にも、深く頷かされる。読後、いずれ何度も読み返すことになる本だと、確信した。》 林道郎「明滅する生の破線」(読売新聞2007.10.28)
《遊歩の自在さを、グラフィスムという「一定の書法」、あるいは一定の規矩を示す外来語と結ぶことによって、著者はむしろ、重くのしかかる「私」を自在に遊ばせつつ消していき、ついには「個人を半ば超えた感受性のフィールド」のなかで生起するなにかに目を凝らそうとしているらしい。》 堀江敏幸「自在な歩みとともに生起することども」(毎日新聞2007)
《いくつもの断章や断片が繰り出す力強いストロークから成る本書は、一冊の本であることを忘れるような地平をひろげる。ある章のある記述が、別の章の思い掛けない箇所に、躓くほどの段差もなく直結していく。それは「行」という存在を疑い、lineについて思いを巡らせる著者だからこその一冊の書物のあり方なのだ。文字と形象のパサージュはいつも次のパサージュに向けて開かれている。》 蜂飼耳「言葉と形象の重なりを歩く」(文學界2007.12)
via wwalnuts社☞
平出隆library☞
平出隆archives☞