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市民美術大学・美術講座「美術と教育」(北九州市)
「多摩美術大学における《美術理論》の教育」
日時:2010年10月30日(土) 午後3時―5時
会場:
現代美術センター CCA北九州
北九州市八幡東区尾倉2丁目6-1(九州国際大学文化交流センター 1階ホール)
講師:平出隆
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鳥羽文学講座第2回《清白の詩の世界》
日時 : 9月12日 午後1時30分から
会場:鳥羽市文化会館3F 中央公民館
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多摩美術大学生涯学習プログラム開設10周年記念連続講座第29回
《美術と詩》
日時: 2011年2月16日(水)19時00分〜20時30分
会場:多摩美術大学・上野毛キャンパス
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《散文へのまなざし》=終了しました
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桐光学園高等学校・大学訪問授業「つくるという旅」(非公開)=終了しました
日時:2010年7月10日(日) 午前11時30分から
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シンポジウム《橋本平八と北園克衛を語る》=終了しました
日時:2010年8月8日(日) 午後1時30分から
会場:三重県立美術館 講堂
講師:
酒井忠康氏(世田谷美術館長)
ジョン・ソルト氏(ハーバード大学エドウィン・O・ライシャワー日本研究所研究員)
平出隆氏(詩人、多摩美術大学教授)
署名入り『伊良子清白』特別販売[iaa]
鳥羽市《伊良子清白の家》開館記念特別販売
平出隆 著『伊良子清白』新潮社 署名入り
孤高の詩人・伊良子清白の全貌を示す評伝文学の傑作
芸術選奨文部科学大臣賞
藤村記念歴程賞
造本装幀コンクール経済産業大臣賞(著者自装)
定価6,000円(税別)のところ記念特価4,800円(税込・送料無料)
『月光抄』『日光抄』2巻本 貼函入り 極美本
ご入手方法は、以下のAまたはBのいずれかでどうぞ。
◎入手方法A
鳥羽商工会議所または鳥羽市ガイドボランティアセンターで直接お求めください。
◎入手方法 B
1. 下記の容量で、ご住所等をご記入のうえ、FAXまたは郵送でご送付下さい。
FAX番号:042-679-5698
郵送先:〒192-0394 八王子市鑓水2-1723
多摩美術大学芸術人類学研究所 金子行
2.代金4,800円を以下にお振込下さい。
振込手数料は、お客様のご負担で願います。
横浜銀行 橋本支店 普通口座1888948
(名義 多摩美術大学芸術人類学研究所)
ご入金を確認次第、書籍(および領収書)を宅急便で送付致します。送料は無料です。
本件お問合せ先(担当金子):電話 042-679-5697
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BOOK DESIGN
平出隆による装幀
平出隆『伊良子清白』新潮社(+新潮社装幀室 望月玲子) 造本装幀コンクール経済産業大臣賞受賞 臼田捷治氏評=《詩人が装幀にも手を染めるという麗しい系譜の継承者であり、装幀が果たす機微を熟知している詩人と、定評ある新潮社装幀室の有力な一員である望月とのコラボレーションによって達成された、清白詩の内実に寄り添う馥郁たる文学の香気。近来稀な至福の書だ。》 「装幀の風景7 馥郁たる文学の香気」(月刊言語2005.7)
『伊良子清白全集』岩波書店 菊地信義氏評=《白を基調とした装幀が書店に溢れているが、これほど大胆かつ繊細に白をあやなした装幀をついぞ見たことがない。白という印象におもねることなく、白という色の見え方を巧妙に巧んだ装幀。》『装幀思案』(角川学芸出版 2009)
平出隆『鳥を探しに』双葉社(装画=平出種作) 中沢新一氏評=《装丁はセンス抜群、格調とお洒落の同居ぶりの見事さに舌を巻きます》
「書紀」書紀書林
「書紀=紀」書紀書林(+稲川方人・河野道代)菊地信義氏讃
「stylus」書紀書林 菊地信義氏讃
田村隆一詩集『陽気な世紀末』河出書房新社 田村義也氏讃
田村隆一詩集『奴隷の歓び』河出書房新社(装画=ドナルド・エヴァンズ)
北村太郎『路上の影』河出書房新社
川村二郎『文藝時評』河出書房新社
野口冨士男『誄歌』河出書房新社
小川国夫『或る過程』河出書房新社
天沢退二郎『夜の戦い』思潮社 臼田捷治氏讃
河野道代『花・蒸気・隔たり』panta rhei 加納光於氏・長沢英俊氏讃
正津勉『冬の旅』河出書房新社
平出隆による本文組/目次・扉構成
平出隆『伊良子清白』新潮社 装幀=望月玲子+平出隆
平出隆『遊歩のグラフィスム』岩波書店 装幀=菊地信義
平出隆『葉書でドナルド・エヴァンズに』作品社 装幀=横田茂
平出隆『ウィリアム・ブレイクのバット』幻戯書房 装幀=緒方修一
田村隆一詩集『陽気な世紀末』河出書房新社
田村隆一詩集『奴隷の歓び』河出書房新社
北村太郎『路上の影』河出書房新社
野口冨士男『誄歌』河出書房新社
天沢退二郎『夜の戦い』思潮社
河野道代『花・蒸気・隔たり』panta rhei
正津勉『冬の旅』河出書房新社
「書紀」書紀書林
「書紀=紀」書紀書林
「stylus」書紀書林
平出隆による目次・扉構成
平出隆『白球礼讃』岩波新書
official archives of Takashi HIRAIDE
鳥を探しに
鳥を探しに monpaysnatal
鳥を探しに sakaponta
鳥を探しに el-sur
鳥を探しに el-sur
鳥を探しに el-sur
鳥を探しに el-sur
鳥を探しに el-sur
鳥を探しに boy_smith
鳥を探しに kotohakobi
鳥を探しに leeswijzer
鳥を探しに leeswijzer
鳥を探しに spiral
鳥を探しに
鳥を探しに ramunos
鳥を探しに hmidori0623
鳥を探しに kuratama
鳥を探しに ume75
鳥を探しに
鳥を探しに general777
鳥を探しに jeu
鳥を探しに LANDINGGROUND
鳥を探しに gekisaku.oct-pass
鳥を探しに abraxasm
鳥を探しに kumanekoy
鳥を探しに natsuyono
鳥を探しに kokokashik
鳥を探しに leeswijzer
鳥を探しに morinori
鳥を探しに morinori
鳥を探しに morinori
鳥を探しに nishikosato
鳥を探しに philosophysells
鳥を探しに mignonbis
鳥を探しに sakanatic
鳥を探しに sakanatic
鳥を探しに kkkbest
《鳥や植物、エスペラント、異文化の人たちとの交流、その日その日のできごとの報告、思い出、祖父の手になる(そうとうにうまい)絵、とんでもないエピソード、左手という(たぶん平出のもじりの)姓と、森市とか林市とか種作とかいう名の人々……。/自分が軽い病気の快復期にあるとしたら、これを読むほど柔らかな療法はないだろうと思った》 池澤夏樹「私の読書日記」(週刊文春2010.2.18)
《3つの層は微妙に響き合って書物を作り上げる。キタタキという鳥を中心に話は縫い合わされる。見事な手腕というべきだろう。小説のようにも読める。長い長い散文詩のようにも読める。(中略)いずれにしても、平出にしかできない精緻な世界。素晴らしい。》 陣野俊史「詩の味わい 層を織り成す物語」(日経新聞2010.2.10夕刊)
《寡作で知られる詩人が驚くべきことに650ページ余、2段組みの小説を上梓した。全編、異端の祖父への痛切な思慕に溢れている。(中略)一族の姓「左手」は、著者の名作『左手日記例言』を想起させる。喪失感から生まれる新たなイメージ喚起が、本書でも重要なモチーフとなっている。知的な輝きに満ちた、著者2冊目の小説。》(週刊新潮「TEMPO BOOKS」2010.3.11)
《父と息子との間でやりとりされる記憶や祖父の遺稿、周囲の人々の伝聞から浮かび上がってくる種作は、地の底から顔を出す千金の鉱脈のようだ。/鉱脈といえば、本書に差し挟まれている種作の翻訳原稿(シベリア紀行や北極海近辺における探金者たちの冒険記録)がすばらしい。短章を重層的に積み上げた文の隙間から、極北の光と影が砂金のように流れ出す。そこに幻の鳥の羽ばたきや緻密な博物誌的考察が重なり、私は読後、数万キロの大地を旅した人のように茫然自失状態だった。二段組、六五〇ページを超える大著だが、一週間余、ただこの本の中だけを歩きたくて、どこにも出かけなかったことを告白しておこう。》 稲葉真弓「知られざる祖父の足跡 遺稿に不思議な世界観」(北海道新聞2010.3.21)
《この分厚い書物を構成している断片は、対馬の奥深い自然と、ベルリンの街と、一族の数奇な運命と、そして種作の残した翻訳と絵である。それらが交互に語られ、侵犯し合い、渾然一体となった物語を構成している。この構成力は見事の一語に尽きる。(中略)日記でもあり、一族の物語でもあり、自然観察記でもある書物は、いままで読んだこともない独特の姿をして目の前にある。そのことを強く肯定したい気持ちになる。》 陣野俊史「奇蹟的な本に響くキタタキの鳴き声」(週刊朝日2010.3.26)
《これまで正岡子規や伊良子清白らを「わが祖父たち」とし、その声に耳をすませ、丁寧にその姿をとらえようとしてきた詩人、平出隆が、最新作では血のつながった自身の祖父を書いた。祖父種作(作中では左手姓)は小学校を出ていないはずだが、エスペラント語、ロシア語、ドイツ語などを使いこなし、植物と鳥を愛す、市井の博物学者であり、絵をたしなむ趣味人でもあった。しかし、親族ですら知らない空白の時期もあり、孫には祖父との想い出がほとんどない。(中略)読み進めていくうちに、無関係と思われていた事象や感覚がつながり、茫洋とした景色から、しばし祖父の姿が浮かび上がる。その姿は未だ淡いが、これら予兆の数々が、深く静かな余韻を残す。見るからに力作の装幀は著者自ら手がけ、装画は祖父によるもの。》 「「わが祖父たち」を追う作家の本当の祖父を探す旅」(芸術新潮2010.3)
《二分した内容のようだが、次第に統一場というべき世界観が浮かんでくる。祖父とベンヤミンはじつは同年生まれである。今日では二十世紀の重要な哲学者として知られるベンヤミンも、翻訳を始め膨大な草稿を残し、道半ばで没した放浪者だった。「私」が慕う対象は、祖父個人のみならず、「祖父たち」と呼ぶべき二十世紀の冒険者たちなのだ。彼らはいずれも特定のジャンルや専門性に縛られずに、未知の何ものかを探求した者たちなのである。(中略)断章という形式の可能性にとり憑かれたベンヤミンに倣うように、この分厚い本書そのものが、さまざまな可能性と夢を孕んだ、完結しない、膨大な断章の標本箱なのである。》 清水良典「「今トキ本」の標本箱」(星星峡2010.5)
《ときに応じてさまざまに呼び起こされる記憶や事実の検証過程のありさまが、あるときは時代や場所を大きく越えて飛躍しつつ、またあるときはそれらをゆるやかにつなぐかたちで、淡々として語られる。》 日和聡子「祖父の遺稿がもたらしたもの」(新潮2004.4)
遊歩のグラフィスム
遊歩のグラフィスム chotoku.cocolog
遊歩のグラフィスム blog.foxydog
遊歩のグラフィスム blog.foxydog
遊歩のグラフィスム booklog.kinokuniya
遊歩のグラフィスム fiatmodes
遊歩のグラフィスム tokyo-np
遊歩のグラフィスム booklog.kinokuniya
遊歩のグラフィスム daiouika
《断章から断章へと追っていくうちに、足元には、いつしか透明な星座が浮き上がっている。俳句、日記、絵、覚書など、彼らに共通の記録へのかたむきは、表現形式としては様々だが、その混沌こそ、極小の点のなかに沸騰する「表現の古代」の様相だという著者の見方にも、深く頷かされる。読後、いずれ何度も読み返すことになる本だと、確信した。》 林道郎「明滅する生の破線」(読売新聞2007.10.28)
《遊歩の自在さを、グラフィスムという「一定の書法」、あるいは一定の規矩を示す外来語と結ぶことによって、著者はむしろ、重くのしかかる「私」を自在に遊ばせつつ消していき、ついには「個人を半ば超えた感受性のフィールド」のなかで生起するなにかに目を凝らそうとしているらしい。》 堀江敏幸「自在な歩みとともに生起することども」(毎日新聞2007)
《いくつもの断章や断片が繰り出す力強いストロークから成る本書は、一冊の本であることを忘れるような地平をひろげる。ある章のある記述が、別の章の思い掛けない箇所に、躓くほどの段差もなく直結していく。それは「行」という存在を疑い、lineについて思いを巡らせる著者だからこその一冊の書物のあり方なのだ。文字と形象のパサージュはいつも次のパサージュに向けて開かれている。》 蜂飼耳「言葉と形象の重なりを歩く」(文學界2007.12)
雷滴 その研究
多方通行路
ウィリアム・ブレイクのバット
ウィリアム・ブレイクのバット
ウィリアム・ブレイクのバット
ウィリアム・ブレイクのバット
ウィリアム・ブレイクのバット
ウィリアム・ブレイクのバット uraraka-umeko
伊良子清白
芸術選奨文部科学大臣賞
藤村記念歴程賞
造本装幀コンクール・経済産業大臣賞
《「トーマス・マンは一人でノヴァーリスを発見した」とクルチウスが『文学と旅』の中で言っているが、平出隆も一人で伊良子清白を発見した、それも新しく発見したのだといってよいであろう。》 樋口覚
《明治期の卓越した一詩人の生涯と作品を、綿密きわまりない調査と核心にふれる繊細な批評とによって探りつくした、文字通り記念碑的な「評伝」。》 川村二郎(読売新聞2003.12.28)
《『孔雀船』一冊をもって忽然と消えた漂泊の詩人の評伝。清白の厖大な日記を入手し、その読み難い文字を読み解き、未発表の詩をわが身に引き寄せて、四半世紀の時を経て書き上げられた。「詩を廃す」という清白の覚悟が胸を打つ。今年最高の作と読んだ。》 高山文彦(読売新聞2003.12.28)
《『孔雀船』(明治三九年)一冊を残して詩壇から離れ、漂泊を生きた孤高の詩人を主題とする。だが、詩人の日記のシミュラクルたらんとするこの「文」は、はたして小説か、評伝か、批評か。文学の制度に微細だが決定的なずれを持ち込むその運動性において、すぐれて「六八年」的な書物である。》 守中高明
《日夏の発見から八十年。対するに、平出隆の追跡劇は、なぜ詩を棄てたのかの疑問を抱えて、『孔雀船』一冊を光源に清白の生の襞を照らし出す試みである。それがどれほど切実な問いであったか。問いの傍らに作者はさりげなく、「詩をやめる、というその衝動に私自身、ひそかな覚えがあった」と記している。これは、詩とは何か、その核心を衝く一撃と思う。答えは返ってはこない。しかし、行間からは、「旅行く者」は詩人である、という作者の静かな声が聞こえてくるのである。》 長谷川郁夫「平出隆『伊良子清白』」(図書新聞2004.3.6 『藝文往来』平凡社 2007年 所収)
《詩人が装幀にも手を染めるという麗しい系譜の継承者であり、装幀が果たす機微を熟知している詩人と、定評ある新潮社装幀室の有力な一員である望月とのコラボレーションによって達成された、清白詩の内実に寄り添う馥郁たる文学の香気。近来稀な至福の書だ。》 臼田捷治「装幀の風景7 馥郁たる文学の香気」(月刊言語2005.7)
伊良子清白 菅野昭正
伊良子清白 芦屋
伊良子清白 hmidori
伊良子清白uraraka-umeko
ベルリンの瞬間
猫の客
木山捷平文学賞
《凛として書き上げた、出色の小説であると思う。》 狐(日刊現代)
《澄んで、あえかで、きりりと姿のよい逸品》 倉本四郎(本の雑誌)
《『猫の客』には感服した。文章のたたずまいが見事だった。神経が末端の細胞にまで届いていることが感じられた。眼差しそのもの——つまりは光の量や変化を主人公とした作品で、神経小説などというとおかしいようだが、生理感覚と一体化した特異な散文性をもつ、例えば内田百閒、吉行淳之介、古井由吉の系譜につらなる傑作と思えたのである。》 長谷川郁夫「しもやけ残る円盤少年」(『藝文往来』平凡社 2007 所収)
猫の客 smelljacof
猫の客 akiko_yb
Le Chat qui venait du Ciel chatperlipopette
Le Chat qui venait du Ciel uncoindeblog
Le Chat qui venait du Ciel chaplum
猫の客 bk1
猫の客 ramunos
猫の客 shashin-haiku
猫の客 fuwa
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Le Chat qui venait du Ciel argoul
Le Chat qui venait du Ciel journal-d-une-lectrice
Le Chat qui venait du Ciel journal-d-une-lectrice
Le Chat qui venait du Ciel kalistina
Le Chat qui venait du Ciel livresetaventure
Le Chat qui venait du Ciel loumanolit
猫の客 murakami
猫の客 asin
猫の客 lapin
猫の客 bbtune
猫の客 yomuyomu
猫の客 saysei
猫の客 Neophocaena
猫の客 marypoole
猫の客 oharu_san
猫の客 aoarashi21
葉書でドナルド・エヴァンズに
葉書でドナルド・エヴァンズに calico
葉書でドナルド・エヴァンズに mokuyotei
葉書でドナルド・エヴァンズに rosewater
葉書でドナルド・エヴァンズに webdoku
葉書でドナルド・エヴァンズに corbusier
葉書でドナルド・エヴァンズに mashiro30
Postcards to Donald Evans thefreelibrary
葉書でドナルド・エヴァンズに
葉書でドナルド・エヴァンズに alice81
葉書でドナルド・エヴァンズに bones_the_moon
葉書でドナルド・エヴァンズに bk1
葉書でドナルド・エヴァンズに akahoshitakuya
葉書でドナルド・エヴァンズに qingxiang
葉書でドナルド・エヴァンズに streetsmart
葉書でドナルド・エヴァンズに tea5956
弔父百首
《ここに指し示されているのは明らかに、近代的自由詩形式につねに潜在する範例としての定型の問題であり、「散文」と「韻文」の問題であり、さらに一冊の書物という形式の問題である。(略)こうしてすぐれて批評的な「短歌」の実践について、にもかかわらず別の或る現代詩人は、それが作者における「詩の空洞化を背景」とした「伝統」ないし「共同体的な帰属意識」への「ストレート」な加担であり、「極限的な状況でふと定型が忍びよって」来たときに作者が「情緒的なもの」に「簡単に書く作業を譲っ」た結果だと評した。あきれるほかない浅薄な認識である。(略)「断片性」や「散文詩」の問題をおよそ最も先鋭に具現化してきた詩人にとって、「短歌」を作ることは、そのまま日本語におけるさまざまな詩形式の重層的で相互干渉的な規定の謎に向き合うことを意味しているはずであり、その実践を読むことは、今日の「現代詩」の疲弊と不活性に或る角度から根本的に照明をあてる作業ともなるだろうからだ。》 守中高明「「日本近代詩」とその分身たち――平出隆『弔父百首』をめぐって」(新潮2000.11)
左手日記例言
光の疑い
平出隆詩集[現代詩文庫100]
白球礼讃
ベースボールの詩学
《ナショナリズムみたいなところで昔の野球起源論は論じられていたんですね。ところが平出さんの考え方はもっとずっと規模が雄大で、いわば文化人類学的というか民俗学的というか、近代国家などというケチな枠組みを取っ払って、人間の悠遠な歴史、あるいは人間性との関係で野球を考えようとしています。それがどんどん見込み通りになっていくんだから非常に愉快ですね。》 丸谷才一「〝狂〟のない作家はつまらない」(現代1989.6)
《僕は非常に満足しました。この気違いじみた感じ、これこそ詩人である証拠だと思った(笑)。(略)いまなお昔の文士の偉容をとどめているのは詩人で、その代表が田村隆一でしょう。そういう伝統が、平出さんの場合は野球への熱中という形で残っているというふうに思えて愉快だった。》」丸谷才一「〝狂〟のない作家はつまらない」(現代1989.6)
《詩の引用があるでしょう。「ケイシー打席に立つ」というバラード。「その日のマドヴィルのナインにとって前途は明るいものじゃなかった/スコアは四対二だし、あともう一イニングしか残されていなかった/そこでクーニーがまず倒れ、バロウズもご同様に/青ざめた沈黙が、ゲーム主催のごひいき筋に襲いかかった」 これが第一連だけど、訳し方が非常にいいと思う。さすが本職の詩人の訳詩だと感心しました。》 丸谷才一「〝狂〟のない作家はつまらない」(現代1989.6)
《平出君は、自他ともに認める野球狂で、この世でいちばんほっとできる場所が〝バッターボックスの中〟というのだから物凄い。そんな詩人が書いた本だから、野球好きにはこたえられない内容となっているが、なかでアメリカの詩人たちが書いた〝野球詩〟(というジャンルがあるわけではないけれど)に興味をひかれた。(略)さすがは野球を国民的スポーツとするアメリカだけのことはあって、唸らされるようなフレーズが多い。》 清水哲男「野球詩のすすめ」(季刊現代短歌雁 11号 1989.7)
The Poetics of Baseball
ベースボールの詩学 eBOOKS版
家の緑閃光
攻撃の切尖
若い整骨師の肖像
《若い整骨師である詩人は、この詩集のなかで、スピノザのように、観察し、思考する。彼はマシナリーな領域のなかでおこる、意識の自己組織的な働き(観察や捕食や交尾や出産が、それを媒介する)のなかから、エチックをとりだそうとする試みにかけているという点において、まったくスピノザ的であると、ぼくは思う。ぼくたちの周囲に浮上しつつあるのは、「死せる祖父たち」の見たこともないような、異形の自然なのだ。しかもマシナリーの流れを阻止する堤防を築くことさえ、不可能だ。この異形の自然のなかに生きながら、そのまっただなかから新しい主体性の形成をめざすヴィジョンと表現が、いま必要だ。彼はそのことを、日本の詩人たちの誰よりもすばやく、正確に理解した。》 中沢新一「この完璧の鈴をふれ」(『ケルビムの葡萄酒』所収)
胡桃の戦意のために
芸術選奨文部大臣新人賞
Best Translated Book Award
Pen Translation Fund Award
《平出隆の新しい詩集『胡桃の戦意のために』を読んで、そのみずみずしい言葉づかい、その尖鋭なリリシズム、そして時にはユーモアもある、その知的なレトリックに大いに感興をもよおした。私が詩集に感動するなんて、近来めずらしいことである。》 澁澤龍彦「平出隆『胡桃の戦意のために』」(『華やかな食物誌』所収)
胡桃の戦意のために kaerunoniwa
For the Fighting Spirit of the Walnut ndpublishing
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破船のゆくえ
平出隆詩集[新鋭詩人シリーズ1]
旅籠屋
《平出隆は、春の嵐にまぎれてやってきた。ともすれば荒くなる呼吸を整えて、彼がイメージの水に手を触れるとき、ひとはそこに鮮烈な悲しみの虹が散るのを見るだろう。時代の詩は熱くそして狷介だが、詩人は、あくまでも醒めてあり、そして柔軟である。青春の峠にひそやかに遺されたこの一書は、来る年にもまた確実に、春の嵐を呼ぶにちがいない。》 清水哲男(初版帯文)
いろいろ
bio-bibliography(En)
Takashi HIRAIDE was born in Moji, Kitakyushu-shi, on the south side of the Kanmon channel, Fukuoka Prefecture, in 1950.
While a student at Hitotsubashi University in Tokyo, he published The Bride Poems, a series of poems (April 1972), as well as a fundamental criticism of the current state of contemporary poetry (August 1972), in the famous poetry magazine Eureka. Just after graduation, he published his first collection of poems, The Inn (1976), a book which inspired a strong response from the readers of the 1970s, a sequence that began his career as one of the leading poets of Japan’s post-war generation.
In 1978, Hiraide gained employment as an editor at the old literary magazine Bungei at Kawadeshobo-shinsha. During this time, he continued to further develop his work in poetry and poetics. He was later awarded the Education Minister’s Art Encouragement Prize for Freshman for his second book of poems, For the Fighting Spirit of the Walnut (1982).
Portraits of a Young Osteopath (1984) is his third book of poems, in which he incorporated a new method for introducing descriptions of natural science in poetry.
In 1985, he spent three months at the University of Iowa as a poet in residence for the International Writing Program. In 1987, he quit Kawadeshobo-shinsha and published Green Ray in My House, in a complex style of free verse, prose poem, and novel.
In 1990 he began teaching at Tama Art University, where he is now a professor of Poetics and Art Science as well as a core member of the new Institute for Art Anthropology.
In the past seventeen years, he has published, in addition to contemporary poetry, books of various genres and forms, including a book of ambiguous genre, which borders between poetry and essay (Notes for My Left-hand Diary, 1993; winner of Yomiuri Literary Award), a poetic book of letters addressed to a dead artist (Postcards to Donald Evans, 2001), a serial collection of traditional tanka and diary (One Hundred and Eleven Tankas to Mourn My Father, 2000), a novel of autobiography and surrealism (A Guest Cat, 2001; winner of Kiyama Shohei Literary Award), and several books of essays on art, travel and sports. In particular, Poetics of Baseball (1989) is not merely a book about the sport, but also uses the analogy of baseball to write about poetics itself.
In 1998 and 1999, Hiraide was a visiting scholar at the Berlin Free University, a year-long experience which produced his travelogue, The Berlin Moment (2002), following the traces of Franz Kafka, Walter Benjamin and Paul Celan, for which he was awarded The Travel Writing Award.
He has also brought forth two volumes of work by Irako Seihaku (2003), which serve as not only a biography about the reclusive and prominent Japanese poet of the old Meiji-era, but also a critique on major problems of modern Japanese poetry, as well as a unique novel employing a special narration system reliving the unknown diary of the forgotten poet. This work has received the Minister of Education’s Art Encouragement Prize and the Toson Shimazaki Memorial Award from Rekitei.
In addition, he has edited two large volumes of the Complete Works of Irako Seihaku (2003), after extensive research on the writings and life of the poet.
Hiraide sometimes works with book design for small poetry magazines and literary books such as The Complete Works of Irako Seihaku as well as his own Irako Seihaku, which received The Minister of Economy & Industry’s Prize, Book Design Concours in 2004.
He has written many articles of poetry criticism for the Kyodo News from 1985-1986, for the Mainichi Newspaperfrom 1987-1990, and for the Asahi Newspaper from 2000-2002. He has published four books of poetics, Future of Shipwreck (1982), At the Tip of Attack (1985), Doubt about Light (1992), Multiple-Way Street (2004)
In September of 2005, Hiraide was invited to Sprachsalz, the international literary festival in Hall, south Tirol of Austria, as a “godson” to Kenzaburo Oe, the Japanese Nobel Prize-winning novelist. Oe, who was a special guest for the festival, highly praised Hiraide’s writings for providing a new direction for prose within the field of poetry.
On a similar note, William Blake’s Bat (2004) is a book of short essays on his ordinary life about which the novelist Natsuki Ikezawa wrote, “I would like to evade calling these writings essays or stray notes or short pieces. It’s very beautiful, but readers cannot see where the contrivances for the beauty of these writings are. It’s perhaps concerned in his way of life, at least with his way of living.”
Hiraide is also the author of several books corresponding with outstanding artists, including Donald Evans along with On Kawara and Mitsuo Kano. He gave a lecture at the On Kawara exhibition at Kunstverein in Koeln in September of 1995. The lecture was translated into German and published as a text of On Kawara Erscheinen-Verschewinden (On Kawara Appearance-Disappearance) (Maly Verlag, Koeln, Germany, 1997). Mitsuo Kano has made a printed work called Serpentinata in colour intaglio, inspired by a critical poem by Hiraide. The work comes in its own box, including a print of the poem.
There are three complete books of Hiraide’s work in translation, Postcards to Donald Evans, translated into English by Tomoyuki Iino (Tibor de Nagy Editions, New York, USA, 2003) , Le Chat qui venait du ciel, translated into French by Elisabeth Suetsugu (Editions Philippe Picquier, France 2004), and For the Fighting Spirit of the Walnut, translated into English by Sawako Nakayasu (New Directions, New York, U.S.A. 2008) which is a recipient of the 2009 Best Translated Book Awards for poetry. This award is the only prize of its kind to honor the best original works of international literature and poetry published in the U.S. over the past year.
There are other translations of his poems into English, German, French, Russian, Chinese and Korean that have appeared in anthologies and poetry magazines.
Hiraide currently lives in the west suburbs of Tokyo with a cat and his wife, the poet Michiyo Kawano. (English text by Sawako Nakayasu)
kurze Lebensgeschichte(De)
Takashi Hiraide wurde 1950 in Moji, Präfektur Fukuoka, geboren. Noch als Student an der Hitotsubashi Universität in Tokyo veröffentlichte er den Gedichtband „Bride Poems“, eine Sammlung, mit der er zu einem der führenden Dichter der japanischen Nachkriegsgeneration wurde. Nach dem Abschluss des Studiums arbeitete er als Redakteur beim Tokioter Verlag Kawadeshoboshinsha.
Für sein zweites Buch „For the Fighting Spirit of Walnut“ (1982) erhielt er den Preis des Bildungsministers für junge Schriftsteller.
1985 weilte er drei Monate lang als „Writer in residence“ im Rahmen des dortigen „International Writing Programs“ an der Universität von Iowa (USA).
!987 beendete er seine Tätigkeit am Kawadeshoboshinsha.-Verlag und begann an der Tama – Kunsthochschule zu unterrichten, wo er heute den Lehrstuhl für Poetik inne hat.
In den letzten fünfzehn Jahren hat er neben Gedichten auch andere Texte veröffentlicht, einschließlich Bücher, die man als „poetische Prosa“ klassifizieren könnte (Notes for my Left–hand Diary, 1993 – ausgezeichnet mit dem Yomiuri Literaturpreis); eine Sammlung von Tankas (One Hundred and Eleven Tankas to Mourn My Father, 2000); einen Roman (Our Guest Was a Cat, 2001 – ausgezeichnet mit dem Kiyama-Shohei-Preis);
eine Serie von Briefen (Postcard to Donald Evans, 2001); sowie einige Bände Essays.
1998 und 1999 war er Gastprofessor an der Freien Universität Berlin, eine Zeit, die die Reiseerzählung „The Berlin Moment“ (2002) hervorbrachte. Für diese Erzählung erhielt er den Preis für Reisebeschreibungen.
Herr Hiraide lebt und arbeitet in Tokyo.
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